2017年2月15日水曜日

メイドラゴン=ユグノー説(1)

 皆様、昨日はバレンタインデーだったようですね。そもそもバレンタインデーというのは聖ヴァレンティヌスに因んだもので…

 さて、今期大注目のアニメ『小林さんちのメイドラゴン』はご覧になっているでしょうか。突然押しかけてきたドラゴンと、それを受け入れた慈悲深い小林さんとが送る心温まる日常系アニメ…『幼女戦記』が仕事終わりのビールだとしたら、『小林さんちのメイドラゴン』は寝る前のココアでしょうか。


 しかし、この作品には驚くべき意図が隠されているのではないかと思い至りました。それは、同作品がブランデンブルク=プロイセンによる亡命ユグノーの受け入れを寓意的に表しているのではないかということです。そもそも、私にとってあの小林さんはどう見ても、フランスから逃げてきたユグノーの積極的な受け入れを表明した「大選帝侯」ことブランデンブルク選帝侯フリードリヒ=ヴィルヘルム(在位1640-1688)にしか思えませんし、メイドとして小林さんに奉仕する「ドラゴン」の姿は、受け入れに応じた慈悲深き君主と領邦に献身するユグノーと重なるものがあります。今回は差し当たり第1話について、その根拠を示していきたいと思います。

根拠①
 小林さんはドラゴンを「最強の生物」と呼んでいますが、これは先進国フランスからやって来たユグノーを称賛していることの表れでしょう。彼らは、辺境の田舎に当たるブランデンブルク=プロイセンから見れば、尊敬すべき先進国の商人や知識人だったわけです。

根拠②
 物語の冒頭では、ドラゴンであるトールの「お邪魔しても宜しいでしょうか」という受け入れ要求に若干躊躇いつつも迅速に受け入れる小林さんの対応が見られます。これは、大選帝侯によるユグノーへの対応の迅速さと重なるものがあります。実際、16851018日にフランスがフォンテーヌブロー王令でユグノーにカトリックへの改宗を強制し、多くのユグノーが国外逃亡を図ると、何と王令発布から一ヶ月も経たない同年118日にフリードリヒ=ヴィルヘルムはユグノーのブランデンブルク=プロイセンへの受け入れをポツダム勅令で表明しています。回想シーンでは、小林さんがトールに「私のところ、来る?」と受け入れの意志を予め見せていたことが明らかにされますが、これはブランデンブルク=プロイセン当局がフォンテーヌブロー王令の発布を見越して事前準備を進めていた証左でしょう。
 
根拠③
 トールは自分の尾を料理して食すなど「人間」との食文化の違いを示していますが、これは「ドラゴン」(ユグノー)と「人間」(プロイセン人)との避けざる文化摩擦を表したものだったのです。

根拠④
 トールは小林さんのことを「せいてき」に好きだと言いますが、これは「性的」ではなく「政的」つまり「政治的」であり、ユグノー達が政治的な立場からも選帝侯のことを支持するという忠誠心の表れです。

根拠⑤
 トールが「stultus(愚者)」というラテン語の単語を引用するシーンがありますが、17世紀後半当時の行政文書においてラテン語由来の概念が引用的に記述されることが珍しくなかったことを考えると、これは何も不思議なことではありません。実際、ドイツ語で書かれたポツダム勅令の文章でもチラチラとラテン語が散見されます。

根拠⑥
 トールが相談相手として「物知り」のケツァルコアトルという知り合いの「ドラゴン」に生活の知恵について尋ねるというシーンがあります。ユグノーには多くの知識人が含まれていました。例に漏れること無く、彼女もユグノー知識人のネットワークを有していたのです。

根拠⑦
 このアニメを制作している「ドラゴン生活向上委員会」は、非政府的なユグノーの相互扶助組織を表しているのでしょう。ブランデンブルク=プロイセンへやって来たユグノー達には所有していた財産を故国に置いてきた者も多く、こうした組織が政府の役割を補填する形で活動していたという歴史があります。

根拠⑧
 とても気分が晴れやかになるOP主題歌もこの作品の魅力ですが、その中に「どんな試練も怖くない」という意味深長な歌詞があります。ここでいう「試練」とは、信仰のために避けざるを得なかった数々の苦難、あるいはこれからユグノーの身に降りかかるであろう苦難を表しているのだと考えられます。後者だとすれば、これからの物語の展開に影を落とすものになるでしょう。

根拠⑨
 トールは「人間」を「下等」だと罵っています。これは、「人間」に当たる一般的なプロイセン人が、先進的なフランス人のユグノーからすると田舎の芋臭い鼻垂れ小僧くらいにしか見えなかったということでしょう。

根拠⑩
 この回の終盤では、「ドラゴン」であるトールが、多くの人間達から攻撃を受けるという夢を見るシーンがあります。これは、故国フランスでのユグノー迫害の記憶を表しているに違いありません。「多くの人間達から」というのもポイントで、それはユグノーがマイノリティーだったことを示唆しています。

 ここまで根拠を挙げてきましたが、第1話だけでも考察すべき部分は沢山あり、かなりの骨折りでした。『小林さんちのメイドラゴン』、これからも無駄に注視していきたいと思います。

<参考文献>
Helmut Neuhaus1997)“Edikt von Potzdam Deutsche Geschichte in Quellen und Darstellung  Band 5  Zeitalter des Absolutismus 1648-1789, StuttgartPhilipp Reclam jun. GmbH & Co., SS. 251-260
塚本栄美子(2002)「ブランデンブルク=プロイセンにおけるユグノー ―その受けいれをめぐって―」『岐阜聖徳学園大学紀要<教育学部編>』第41集、pp. 43-55
塚本栄美子(2011)「近世ベルリンにおける「フランス人」の記憶-第一世代シャルル・アンションの歴史書-」『佛教大学歴史学部論集』創刊号、pp. 51-68
 


 




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