尻に火が付けば物事も進む。
昨日は災難が身を襲い徹底的な療養を強いられたが、今日は午後から出動し、指導教官の先生と密議ののちに研究室へ籠った。
ここ数日で最高水準の進軍速度である。
その気になるだけでできることは意外と沢山あるものだ。
尻に火が付けば物事も進む。
昨日は災難が身を襲い徹底的な療養を強いられたが、今日は午後から出動し、指導教官の先生と密議ののちに研究室へ籠った。
ここ数日で最高水準の進軍速度である。
その気になるだけでできることは意外と沢山あるものだ。
人権無視輸送車の中で朝を迎える。
虚ろな目を擦りながら地下へと潜り、住吉へ生還した。
荷物を整理すると、そのまま寝台の上で屍のように眠ってしまった。
起きたのは14時。
太陽の照り具合が絶頂期に達したせいか、その時刻に起きてしまったのだろう。
私の学業成績の一切を把握している師範養成教官の開く茶会に参加し、夕刻を迎える。
解散後に研究室で作業を開始するも、どうにも進みが悪い。
今日の自分の為体ぶりは特筆すべきものがあった。
ニューディールが必要である。
今日は学会とワークショップを梯子した。
一日中を都心で過ごすという初めての経験だったが、充実した一日となった。
とはいえ、長時間にわたり真面目に人の話を聞き続けるのは難しい。
申し訳無いことだが集中力が持たない。
さっきの報告はああだっただのこうだっただの。
そんなことを休憩室で指導教官の先生と話しながら、正午を迎えた。
お昼は知り合いの院生の方とご一緒させて頂き、午後も講演を拝聴。
学会の後は兼ねてから関わりを持っていたワークショップに参加。
自分も早く業績を示せるような人間になりたいものだ。
学会参加のため東京へ。
夜行バスではよく眠れた。
睡眠導入剤スゴイ。
午前中は美術館で過ごし、正午頃に渋谷へ。
行くはずだっな美術館は休業日。
これはウッカリである。
せっかく渋谷へ来たのだから、そこでお昼を食べた。
昼過ぎからは目当ての学会に。
学会の一日目が終わると、例の如く懇親会。
懇親会後の二次会には参加せず、指導教官の先生と軽食。
新たな知り合いを増やすべき機会なのに、どうしても知り合いと話し込んでしまうのは悪い癖だ。
雨の中、京都へと赴く。
これは、講演会に参加するためだ。
内容を聞いていてやや消化不良の感もありつつ、夜は京都駅近辺で他大の院生の方と食べた。
こういう組み合わせになると、どうしても研究の話ばかりになってしまう。
しかし、私に寄せ集めの知識はあっても、議論は十分にできていない。
その方と別れた後、街外れの銭湯へ。
今回の銭湯はかなり良い銭湯だった。
同じ値段でも銭湯はピンキリなのだが、今回は大当たりであった。
マクドナルドで卒論関係の作業を進め、人権無視の封印バスに乗り込み、東京へ向かった。
トイレが再び近くなる。
骨折もほぼ完治し、保険関係の書類整理がひと段落したところで、またもや困難を招来してしまった。
10分ごとに尿意が襲う。
キツい。
辛い。
前世の自分はきっと、墓石に放尿したりして業を背負ってしまったのだろう。
もう前世の罪は洗い流されて欲しい。
界隈で話題の『ダンケルク』をエキスポシティのIMAXシアターで観た。
前々から注目していた作品だが、IMAX版ならば上下見切れ無しで観られるとのことで、通常より高い金を払って劇場へ。
この前に『シン・ゴジラ』をIMAX版で観た時はやや物足りなかったが、今回は大迫力。
歴史や軍事がお好きな方には是非ともチェックして欲しい。
帰りには久々にスイパラでケーキを食べまくった。
しかし情けないかな、今日は読書以外に勉強というような勉強はできなかった。
保険関係の書類を整理していた。
何かと心配性なので沢山の保険に入っているのだが、事が起こると手続きが面倒である。
この前の骨折に関する補償が問題になり、複数の書類に記入することになった。
診断書は保険会社ごとに様式が異なるため、更に面倒だ。
とはいえ、やはり保険に入っておいたのは正解だった。
これで治療費もその多くを補償される。
そうこうしているうちに日が暮れていった。
普段よりは作業が捗った日だった。
とはいえ、早起きはできていない。
またもや日の出まで眠れなかった。
何かの病気だろうか。
幸いなことに頭脳はよく働いてくれるが、身体は疲れっ放しである。
明日は京都へ。
生憎の雨だろうが、雨天決行。
広島も明日には優勝を決めるだろうか。
気付いてみれば、もう9月も折り返しである。
広島がリーグ連覇を決めそうだ。
阪神が猛追しているが、広島の優勝は時間の問題だろう。
ここ10年で中日と広島の立場はすっかり入れ替わってしまった。
今の中日に、あの頃のアツさは感じられない。負けることに慣れてしまった。
Aクラスが定位置だった頃は遥か遠く。
「血の入れ替え」と言えば聞こえは良いのかもしれぬが、要するに竜が鯉に血を抜かれてスッカラカンになっているということである。
中日が来季に向けての起用を志向する中、私も公私ともに来年度のことを考え始めた。
来年が人生にとって進歩的な一年となることを願って眠ろう。
眠れぬ夜が続く。
寝ようと意気込むほど頭が冴え、ポジにもネガにも思考が止まらなくなる。
さて、研究室で最低限ギリギリのノルマをこなした私は、数ヶ月間欠席していた会合へ久々に参加。
そこにおられた方々も私を歓迎して下さったので、気分良く過ごすことができた。
この気分の良さが続いてくれれば、今夜は快眠だろう。
会合はドイツ語で行われたのだが、あまりにも自分の会話力が欠如しており、改めて自分の未熟さを感じさせられた。
大学の同回生の中では誰よりもドイツ語を読み、和訳したという自負はあるが、いかんせん話すのは素人並みである。
恥ずかしい恥ずかしい。
「二刀流」で有名な日本ハムファイターズの大谷翔平選手は、常に野球漬けの生活を送っているようだ。
日本ハムの栗山秀樹監督は彼の外出を制限しているそうで、売り出し中のスポーツ選手にありがちな浮いた話も全く無く、週刊誌の記者がどれだけ血眼でネタを探しても、周囲には女性の影も無いという。
大谷選手は栗山監督とデキているのではないかと私は三年前から言い続けているが、両人のツーショット以外に目ぼしい根拠は見つからない。
それだけ、彼が野球に打ち込んでいるということだろう。
そこまでの努力がなされなければ、たとえ「天才」といえど、あのように素晴らしい活躍はできないのだ。
さて、自分はどうだろうか。
大学院へ進学するというのに、勉学に対する集中力が足りない。
私に大谷選手のような才能は無いが、学ぶべきところは学んでいくべきである。
そういえば、大谷選手も容姿が美形だが、我が中日ドラゴンズの森脇浩司コーチもなかなかの男前。
実力を差し置いて美形の選手を積極的に起用したと見られたことから、彼はオリックスバファローズ監督時代に「ホモ脇」と揶揄されていたが、そんなのは今やどうでも良い。
彼の人柄と風貌の良さは再評価されるべきであろう。
夜は眠れず、朝は起きられない。
そんな日が続いていたが、今日は気分転換に難波へ。
朝早くに召喚した友人と駅で合流し、日本橋と道頓堀の辺りを巡った。
昼はガストを利用し、2時間ほど店内で過ごす。
しかし、この時既に私の体力は限界。
まるでヨボヨボのお爺ちゃんの如く米を口に運ぶ。
友人とナゾナゾを出し合ってひと時を過ごした。
その後は友人と別れ、社会人落語を観賞。
迫真の演技に身が震える。
そして、夕方には声優さんたちのイベントに参加。
やはりイベントに生で参加するのは良い。
結局、精神的には元気を貰ったものの、身体はくたびれて帰宅。
家でカレーでも食べとけば元気になるだろうという想定の下、レトルトパウチを開いた。
今日は缶詰になった日でした。
太陽フレアが僕の近辺に押しかけてきて、それはもう大層なフェスティバルになりました。
「屋内に籠って労働をして一日を過ごすわけだから、今日は強制労働記念日だね」
彼女はそう笑うと、僕に期待をかけて、そこそこ有用な文集を手渡してきました。
これは、大学院生が自分の勉強に行き詰った時、自身の恨み言の捌け口として悍ましいほどの罵詈雑言を記してきた負の遺産とのこと。
さればこそ、研究人は士気を養うことができるのです。
太陽神を信じよう。
気になるのは、多くの人々が未だに徒党を組んでしか世界を動かすことはできないと盲信しているという現状です。
かつてとある田舎出身の哲学者が「人間を超えること」の重要性を説きました。
ああそれはいけません!
いえ、分かりました。
カウントダウンは迫っています。
汚染された心が洗われるようです。
ああ、やっぱり…
知識のインプットはできていても、アウトプットはできていない。
このままではただのオタクである。
モノを知っているだけでは、
良い研究はできない。
そうした旨のことを先生方からご指摘頂いた。
今日は眠いので休みます。
大した距離でなければ、無理に快速電車に乗らずとも普通電車で事足りる。
特に、夕方時は利用者が多いため、多少時間はかかるが敢えて普通電車を選択することがよくある。
普通電車ならば空き座席もあるので、腰を下ろしてゆっくりと読書できるし、気持ちも落ち着く。
…と考えて普通電車に乗り込んだが、生憎ながら今日はお客さんが多いようだ。
快速電車なら更に溢れ返っていたであろうから、立たねばならぬとはいえ空間に余裕はあるだけまだマシか。
今日はまだ心にも余裕があるので、そこまでストレスにならなかった。
9月に入って、小学校時代の夏休みに自分が何をやっていたかなぁと思いを致すようになった。
自由研究なるものが宿題として出されていたが、並みの小学校に考えられることなど幅が知れている。
適当に公立図書館で本を借りてきて、内容を抜粋しただけで終わりだ。
講読のレジュメ作成にも及ばぬ低レヴェルの作業である。
今だったら、「あんなこと良いな」「できたら良いな」とドラえもんのOPの如く様々なアイディアが浮かんでくる。
題材はドイツ、プロイセン、戦列歩兵、教会建築などなど…
だが、たった10年前後しか生きていない子供の頭は、四次元ポケットほどバラエティ豊かではないのだ。
裏を返せば、今はそれだけ進歩したということだ。
またお寝坊さんだ。
一度整ったはずの生活リズムが音を立てて崩れ始める。
結局、11時を過ぎて漸く身体を起こした。
午後からはドイツ好きの同志たちとの交流。
最近は、若い人々のドイツに対する関心が薄れているとのこと。
私は、実際に関心を持っている人は少なくないと思う。こういった交流団体の集団活動に抵抗があったり、知識面でのハードルが高いと思い込んでいる人が多いから、なかなか人が集まらぬのだろう。
組織内では高齢化が進み、若者の持つ新鮮さが薄まりつつある。
軽い気持ちで、というわけではないが、多くの若者にこういった機会を利用して貰いたいし、受け入れる側も積極的に新しい世代の意見に耳を傾けて、門戸を開いていくのが肝要だ。
ただ、こんなこと、言うは易いが行うは難い。
私にとっては、今後数年の課題となろう。
もしかしたら、日独協会という団体で私が何かしらの企画に関わらせて頂くことが来年度以降あるかもしれぬので、その時は宜しくお願い申し上げます。
少し疲れが溜まっていたのか、午前中は身体が重かった。
四日連続で集中講義を受けていただけだというのに、実に情けない。
午後には最低限ギリギリのノルマを達成し、繁華街の梅田へ。
とある大事な会合のためである。
お歳を召した方々が多く参加なさる会だったのだが、こういう機会に上の年代の方々のお話を聞いておくのも、良い経験になろう。
同年代の人々と語り合うだけでは、一面的な見方に陥りがちになる。
何事も中庸。
明日は若者たちの会合だ。
趣味が合う者同士、親交を深めておきたい。