時計の短針が12を回ってから体を起こし、治りかけの足を動かしながら大学へと向かう。
学生に特有な怠惰のカリカチュアである。
大学の自習室でPCに向かい合うも、翻訳作業が捗らぬ。
やたら喉も渇くので、最近より味に飽き始めた大正義オランジーナを自販機で購入して一杯やった。
中庭を見遣ると、此の世の終末を思わせるような木製のベンチが佇んでいる。
この前衛芸術作品は、片側は背凭れだけ、もう片側は座部だけという歪な形をしている。
どうしてもこの椅子から目が離せなくなった。
もしかすると、この物体に出会うことは前から予定されていたのかもしれぬ。
私の翻訳作業も、夏のうちに終わることが予定されているのだ。
それが「予定」である以上、今の苦悩や苦心は必然である。
「過程」があるから「結果」に繋がるのではない。
「結果」があって初めて「過程」が成立するのだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿